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違和感を察知できる人は、何を見ているのか

目次

言語化の起点を「予測誤差」から考える

前回の記事では、「言語化が上手い人」は、単に言葉を多く知っている人ではないと書いた。

言語化とは、

感じる
→ 違いに気づく
→ 名前をつける
→ 関係を整理する
→ 自分の経験と結びつける
→ 自分ならどうするかに落とし込む

という、一連の思考の動きである。

そして、その起点にあるのが「違和感」だった。

何かがおかしい。

いつもと違う。

うまく説明できないけれど、どこか引っかかる。

この小さな感覚をすぐに流さず、「なぜ自分はそう感じたのか」と問い直すところから、言語化は始まる。

前回の記事では、最後にこう書いた。

言語化が上手い人を育てたいなら、言葉の使い方を教えるより先に、違和感を握りしめる練習をさせたほうがいい。

では、「違和感を握りしめる」とは、具体的に何をすることなのだろうか。

そもそも、同じものを見ても、違和感に気づく人と気づかない人がいるのはなぜだろう。

結論から言えば、違和感を察知する力は鍛えられる。

ただし、単純に注意深く観察したり、感覚を鋭くしたりすればよいわけではない。

違和感とは、何の理由もなく生まれる曖昧な感情ではない。

自分が予測していたことと、実際に起きたことの間にある差分である。

違和感は「予測誤差」のサインである

違和感の仕組みを考えるうえで参考になるのが、認知科学や神経科学における「予測処理」という考え方だ。

予測処理では、脳は外から入ってくる情報を、ただ受動的に受け取っているわけではないと考える。

過去の経験や知識をもとに、

「おそらく、こう見えるだろう」

「次は、こうなるだろう」

「この状況なら、こういう意味だろう」

と予測しながら、目の前の出来事を認識している。

そして、脳が予測していたことと、実際に入ってきた情報が一致しなかったとき、「予測誤差」が生まれる。

予測符号化の代表的なモデルでは、上位の処理から予測が送られ、実際の入力との差が誤差信号として伝えられると説明されている。知覚を、内部の予測と感覚情報の差を利用して更新していく過程として捉える考え方である。

例えば、いつも使っている階段を上っているとする。

もう一段あると思って足を上げたのに、実際にはそこが最後の段だった。

すると、身体が一瞬浮くような、奇妙な感覚が生まれる。

身体は「次にも段差がある」と予測していた。

しかし、実際には段差がなかった。

この予測と現実のズレが、あの奇妙な感覚を生み出している。

仕事や日常で覚える違和感も、これとよく似ている。

業務効率化が目的なら、作業は減るはずだ。

初心者向けの資料なら、理解しやすい言葉が使われるはずだ。

顧客第一を掲げているなら、顧客の利便性が優先されるはずだ。

私たちは、経験や文脈から、無意識に「こうなるはずだ」と予測している。

しかし実際には、業務効率化によって報告作業が増えている。

初心者向けの資料なのに、専門用語が並んでいる。

顧客第一と言いながら、社内の都合で顧客を待たせている。

このとき、頭の中では、

こうなるはずだった。
しかし、実際には違っていた。

という予測誤差が生まれている。

その差分が意識に引っかかったものを、私たちは「なんか変だ」「どこかおかしい」という違和感として捉えているのではないか。

違和感とは、理由のない第六感ではない。

まだ言葉にはなっていないが、自分の予測と現実の間にズレがあることを知らせるサインなのである。

同じものを見ても、違和感の量が違う理由

同じ資料を見ても、問題点に気づく人と気づかない人がいる。

同じ会議に参加しても、話の矛盾を察知する人と、そのまま受け入れる人がいる。

なぜ、このような違いが生まれるのだろうか。

一つの理由は、人によって「何を予測しているか」が違うからである。

予測は、過去の経験や知識から作られる。

文章を多く読んできた人は、自然な文章の流れを予測できる。

営業経験が豊富な人は、顧客の発言の後に、どのような行動が続くかを予測できる。

業務設計に慣れている人は、目的に対して、どの程度の工程が必要になるかを予測できる。

予測するための材料が多い人ほど、現実とのズレを見つけやすい。

このとき、比較の基準として働いているのが「参照枠」である。

参照枠とは、目の前の出来事を理解したり、判断したりするときに使う枠組みのことだ。

例えば、業務効率化について、

効率化とは、作業時間だけでなく、人間が行う判断や確認を減らすことである

という参照枠を持っていれば、単に作業を別のシステムへ移しただけの改善案に違和感を覚えやすい。

一方で、効率化を「新しいツールを入れること」と捉えていれば、入力作業が増えていても、それを効率化として受け入れてしまうかもしれない。

違和感の量は、現実だけで決まらない。

現実を見る側が、どのような予測や参照枠を持っているかによって変わる。

知らない料理を食べても、それが本場の味からどれほど離れているかは分からない。

自然な業務の流れを知らなければ、非効率な作業を見ても「仕事とはこういうものだ」と受け入れてしまう。

違和感を察知する力とは、単なる感覚の鋭さではない。

目の前の現実と比較できる参照枠を、どれだけ持っているかによっても決まる。

経験が多いほど、違和感に気づけるとは限らない

では、経験や知識を増やせば、違和感を察知できるようになるのだろうか。

話はそれほど単純ではない。

経験が増えることで、違和感を見つけやすくなる一方、経験が違和感を消してしまうこともある。

長く同じ仕事をしていると、非効率な手順であっても、「昔からこうしているから」と受け入れやすくなる。

業界の知識が増えるほど、「この業界では普通だから」と説明をつけやすくなる。

専門家が決めたことなら、何か理由があるのだろう。

自分が知らないだけで、きっと正しいのだろう。

そうやって、せっかく生まれた予測誤差を、もっともらしい説明によって消してしまう。

反対に、自分の参照枠を絶対視する危険もある。

自分が知らない方法を見ただけで「間違っている」と判断する。

自分の常識と違うだけのものを、問題として扱う。

つまり、違和感を察知するためには参照枠が必要だが、参照枠を正解だと思い込んではいけない。

参照枠は、現実を否定するための答えではない。

現実との差分を発見するための、仮の比較基準である。

違和感を察知する力
=予測を持つこと
× 差分を見逃さないこと
× 自分の予測も疑うこと

違和感は、自分が正しいことを証明するものではない。

自分の予測と現実のどちらかに、まだ確認できていないことがあると知らせるサインである。

違和感は、5つのズレから見つけられる

「なんか変だ」と感じても、そのままでは扱いにくい。

何が変なのかを説明できなければ、自分でも検証できないし、他人にも伝えられない。

そこで役立つのが、違和感を「何がズレているのか」という視点から分類することである。

違和感の多くは、次の5つに整理できる。

1.欠落

本来あるはずのものが、抜けている状態である。

主張は書かれているが、根拠がない。

作業内容は決まっているが、担当者が決まっていない。

目標はあるが、達成したかを判断する基準がない。

何かが明確に間違っていなくても、「必要なものがない」ときに違和感は生まれる。

2.過剰

目的に対して、必要以上のものが存在している状態である。

説明が長すぎる。

同じ情報を何度も入力している。

確認する人や承認する人が多すぎる。

本題と関係のない情報が大量に含まれている。

違和感というと、足りないものばかりを探しがちだが、多すぎることも重要なズレである。

3.矛盾

二つ以上の情報が、同時には成立しない状態である。

スピードを重視すると言いながら、承認工程を増やしている。

社員の自主性を大切にすると言いながら、細かな行動まで管理している。

顧客目線を掲げながら、会社側の都合だけでサービスを設計している。

それぞれの発言だけを見れば正しそうでも、並べると両立しないことがある。

4.飛躍

結論までの途中に、必要な説明が抜けている状態である。

売上が落ちた。だから広告を増やそう。

若手社員が辞めた。だから福利厚生を充実させよう。

AIを導入した。だから生産性が上がる。

これらの結論が、必ず間違っているとは限らない。

問題は、原因を確かめる前に、解決策へ飛んでいることだ。

結論にたどり着くまでの橋が存在しているかを見ることで、論理の飛躍を察知しやすくなる。

5.不一致

それぞれは成立しているが、組み合わせが合っていない状態である。

初心者向けの研修なのに、専門用語が多い。

信頼感を出したい資料なのに、演出が派手すぎる。

時短が目的なのに、細かな入力作業が増えている。

緊急性の高い問題なのに、完璧な情報が揃うまで判断を止めている。

内容そのものが正しくても、目的、相手、状況と一致していなければ違和感は生まれる。

この5つの分類を知っておくだけで、「なんか変」は見つけやすくなる。

違和感を察知するとは、感覚だけを研ぎ澄ませることではない。

どのような予測誤差が生まれ得るのかを、あらかじめ知っておくことでもある。

違和感を鍛える「3行メモ」

違和感を察知する力を鍛えるなら、日常で感じた小さな引っかかりを記録するとよい。

ただし、

今日の会議は、なんとなくモヤモヤした。

と書くだけでは、あまり意味がない。

これでは、何に反応したのかが分からないからだ。

必要なのは、自分が何を予測し、現実とどのような差分が生まれたのかを言葉にすることである。

違和感を覚えたら、次の3つを書く。

①何を見て、違和感を覚えたのか
②本来は、どうなると予測していたのか
③実際には、何が起きていたのか

例えば、次のようになる。

会議では、業務効率化が目的だと説明されていた。
業務効率化なら、作業や判断が減る施策になると予測した。
しかし実際には、管理項目と報告作業が増えていた。

ここまで整理すると、「なんとなく嫌だった」という感情が、検証可能な問いに変わる。

この施策は、本当に業務効率化につながっているのだろうか。

さらに一歩進めるなら、もう一つ問いを加える。

自分は、なぜ「効率化なら作業が減る」と予測したのだろうか。

この問いによって、現実だけでなく、自分の参照枠も検証できる。

違和感を察知する力を鍛えるとは、正解をすぐに見つけられるようになることではない。

曖昧な引っかかりから、検証できる問いを作れるようになることである。

違和感を、すぐに解消しない

人は、違和感を覚えると、早く答えを出したくなる。

あの人の説明がおかしい。

この企画は間違っている。

この方法は非効率だ。

こうして、予測誤差を相手や現実の問題として処理しようとする。

しかし、違和感が生まれたからといって、現実のほうが間違っているとは限らない。

間違っているのは、自分の予測かもしれない。

初心者向けの資料に、専門用語が必要な理由があるかもしれない。

業務が一時的に増えても、長期的には効率化される設計なのかもしれない。

自分が見えていない条件が、存在しているかもしれない。

だから、違和感を覚えたときに必要なのは、すぐに相手を否定することではない。

自分は、何が起きると予測していたのか。
その予測は、何を根拠に作られたのか。
自分が見落としている条件はないか。

と問い直すことである。

違和感を絶対視する人は、自分の常識を他人に押しつける。

違和感を無視する人は、目の前の問題を見過ごす。

必要なのは、違和感を消すことでも、正しいと決めつけることでもない。

判断を一度保留し、問いとして持ち続けることである。

これが、「違和感を握りしめる」ということだ。

AIは、自分の予測モデルを広げる鏡になる

違和感を察知する力を鍛えるうえで、生成AIは有効な道具になる。

文章、企画、業務フロー、会議の内容などをAIに渡せば、人間が見落としていた矛盾や欠落を指摘させることができる。

例えば、次のように依頼する。

この内容について、次の観点から違和感がある部分を指摘してください。

・不足している情報
・過剰な情報や工程
・前後の矛盾
・論理の飛躍
・目的と手段の不一致

それぞれについて、「本来どうなるはずか」と「実際にどうなっているか」の差分を説明してください。

ただし、最初からAIにすべて探させるだけでは、自分の察知力は育ちにくい。

まず、自分で違和感を書き出す。

その後で、AIの指摘と比較する。

自分が見つけた違和感と、AIが見つけた違和感の違いを見る。

自分が気づけなかった観点があれば、それを新しい参照枠として取り込む。

この順番を繰り返すことで、自分の中に比較基準が増えていく。

AIは、違和感を代わりに察知してくれる装置ではない。

自分とは異なる予測を提示し、自分の予測モデルを広げるための鏡として使うほうがよい。

自分で考える前にAIへ任せれば、便利にはなる。

しかし、自分で予測し、AIとの違いを比較すれば、自分の認知そのものを鍛えられる。

同じAI活用でも、この差は大きい。

違和感は、まだ言葉になっていない問いである

前回の記事では、言語化とは、違和感に気づき、名前をつけ、関係を整理し、自分の経験と結びつけ、行動へ変えることだと書いた。

今回見てきたのは、その最初の「違和感に気づく」が、どのように生まれるのかである。

私たちは、過去の経験や知識をもとに、目の前で何が起きるかを予測している。

その予測と現実が一致しなかったとき、予測誤差が生まれる。

予測誤差に意識が向くと、「なんか変だ」という違和感になる。

そして、その違和感を、

何を見たのか。

本来はどうなるはずだったのか。

実際には何が起きていたのか。

という三つに分けて整理すると、検証可能な問いに変わる。

違和感を察知する力とは、何でも疑うことではない。

自分の予測と現実の間にある小さなズレを見過ごさず、現実だけでなく、自分の予測も問い直すことである。

言語化を鍛える最初の練習は、うまい表現を探すことではない。

日常の中で生まれた「なんか変」を、すぐに流さないことだ。

違和感は、思考を邪魔するノイズではない。

それは、予測と現実の間にまだ説明できていない差分があることを知らせる、自分から自分への通知である。

そして、その通知を問いへ変えるところから、言語化は始まる。

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この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (1件)

  • 「違和感は予測誤差のサイン」という捉え方が、とても腑に落ちました。
    コールセンターのような仕事で日々お客様の話を聞いていますが、無意識に「過去の経験と照らし合わせるとこうなるはず」と予測しながら聞いていて、そこからズレたときに違和感が生まれていたのだと気づかされました。経験のない事例が出てきたときに知っている人へ聞きに行くのも、自分の参照枠の外にあることを無自覚に感じ取っていたからなのだと思います。
    前回の記事とあわせて読むと、「わかった気になる」で終わらせず、違和感を検証可能な問いに変えていくプロセスの大切さがよく分かりました。

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