本を読んだり、人の話を聞いたりしているとき、こんな瞬間はないだろうか。
「言っていることは分かる。でも、いまひとつピンとこない」
言葉の意味は理解できる。説明も間違っていないように思う。しかし、自分の仕事や生活にどう関係するのかは見えてこない。
ところが、ある具体例を聞いた瞬間、急に理解が進むことがある。
「ああ、それって、あのとき自分が経験したことか」
それまで遠くにあった話が、自分の経験とつながる。
この記事では、この「自分の経験に照らして理解する」という働きを、参照枠という言葉から考えてみたい。
参照枠とは、理解するときの「よりどころ」である
参照枠とは、人や集団が、考えや行動、経験を判断するときに使っている前提や基準のことである。つまり、何かを理解・判断するときに、何をよりどころにしているか、ということだ。
この記事では、その中でも特に、自分の過去の経験や、そこから得た知識を、目の前の情報と照らし合わせる働きに注目する。
例えば、誰かから「相手の立場に立って説明することが大切だ」と言われたとする。
その言葉だけなら、「確かにそうだね」で終わるかもしれない。
しかし、初めて使うソフトについて教わったときのことを思い出すと、どうだろう。
相手は「このファイルを、ここに保存すればいい」と説明してくれた。しかし、自分には、その「ここ」がどこなのか分からなかった。
説明する側は、保存先の場所や、画面の見方を当然のように理解している。一方、教わる側は、その手前でつまずいている。
こうした経験があれば、「相手の立場に立つとは、単に優しく話すことではなく、相手が何を知っていて、何を知らないかを確かめることでもあるのか」と捉え直せる。
このとき、過去の戸惑いが、新しい言葉を理解するためのよりどころになっている。
参照枠とは、難しい思考法の名前というより、「自分は何に照らして、この話を理解しているのか」ということなのだ。

「知っている」と「自分の中で分かる」は違う
先ほどの例を、もう少し分けてみよう。
「相手の前提知識に合わせて説明することが大切だ」と覚える。これは、言葉として知っている状態である。
「初心者に、説明なしで専門用語を使うと伝わりにくい」と例を挙げられる。ここでは、具体的な場面を想像できている。
さらに、「あのとき自分が説明についていけなかったのは、操作が難しかっただけでなく、説明の前提が共有されていなかったからかもしれない」と、自分の経験を捉え直せる。
ここまでくると、その知識を使って、過去の出来事を説明できるようになる。

新しい学びは、それまでの知識と無関係に成立するものではない。既に知っていることや経験してきたこととの関係の中で進んでいく。
だから、何かを学んだときには、「なるほど」で終える前に、一度こう問うてみるとよい。
これに近いことを、自分はどこかで経験していないだろうか。
仕事でなくてもよい。学校で教わったこと。買い物で迷ったこと。友人と話がかみ合わなかったこと。誰かに助けてもらったこと。
新しい知識を、立派な成功体験に結びつける必要はない。むしろ、うまくいかなかった経験が、理解の手がかりになることもある。
ただし、ここで区別しておきたいことがある。
自分の経験とつながって納得できたことと、その理解が正しいことは、同じではない。
「分かった気がする」を出発点にしながら、ほかの場面でも説明できるか、実際に役立つかを確かめていく必要がある。
経験があることと、経験を使えることも違う
では、経験をたくさん積めば、それだけで参照枠を使いこなせるようになるのだろうか。
ここでも、「持っている」と「使える」を分けて考えたい。
知識があっても、どのような状況で役立つかと結びついていなければ、必要な場面で使われないことがある。大切なのは知識の量だけでなく、いつ、どのような条件で使えるかまで結びついていることだ。
先ほどのソフトの説明を例にすると、経験の残し方には違いがある。
「説明が分かりにくかった。困った」という記憶だけを残すこともできる。
一方で、「相手は保存先を知っている前提で説明していたが、自分は保存先を見つけられなかった」と、何が起きていたのかを整理することもできる。
さらに、「手順を説明する前に、相手がその手順を実行するための前提を持っているか確認する」という、次に使うための着眼点に変えることもできる。

同じ一つの経験でも、「嫌だった思い出」として残すのか、「次に何を確かめるか」という形で残すのかは違う。
ここでいう振り返りは、自分の行動を反省して終わることではない。
経験の中から、別の場面でも使えそうな意味を取り出すことである。
もちろん、一度の経験から取り出した意味は、まだ仮説にすぎない。
「いつでもこれが原因だ」と決めるのではなく、「次に似た場面に出会ったら、ここを確認しよう」と持っておく。そのくらいの扱いがよい。
過去をそのまま当てはめず、共通点と違いを見る
自分の経験を参照するとき、過去とまったく同じ出来事を探す必要はない。
ソフトの操作を教わった経験は、新人への業務説明にも、顧客への案内にも、資料作成にも照らし合わせられる。
共通しているのは、ソフトの種類や登場人物ではない。
「説明する側が当然だと思っていることを、受け取る側は知らないかもしれない」という関係である。
特定の場面だけに結びつけるのではなく、複数の事例に共通する特徴を捉える。そうすることで、別の状況でも同じ知識を使いやすくなる。
ただし、共通点だけを探すと、無理な当てはめになる。
ソフトの操作で迷った人と、新人研修で手が止まっている人では、困っている理由が違うかもしれない。
前者は保存先を知らないだけかもしれない。後者は手順を理解していても、間違えたときに叱られるのが怖いのかもしれない。
見た目は「作業が進まない」で同じでも、必要な支援は異なる。
だから、参照するときには、二つをセットにして考える。
過去の経験と、何が共通しているのか。
過去の経験と、何が違っているのか。
経験を活かすとは、昔の答えをそのまま持ってくることではない。過去を手がかりに、今回の状況を調べることである。
参照枠は、理解を助ける一方で、思い込みにもなる
参照枠があると、新しい情報を理解する手がかりが得られる。
しかし、過去の知識や経験が、新しい理解を妨げることもある。以前うまくいった方法にとらわれると、今回の状況に合った別の見方や方法を選びにくくなる。
例えば、ある人が「自分は細かく教わらなくても、仕事を覚えられた」と考えていたとする。
その経験をそのまま基準にすれば、「今の新人にも、細かな説明はいらないはずだ」という判断になるかもしれない。
しかし、その結論を出す前に確かめたいことがある。
当時と今では、仕事の難しさは同じだろうか。自分には、既に似た仕事の経験がなかっただろうか。実際には、周囲の人の行動を見て学べる環境があったのではないだろうか。
「自分はそうだった」という経験はあっても、「この人も同じ条件にいる」とは限らない。
ここを混同すると、参照枠は理解の手がかりではなく、自分の見方を押しつける根拠になってしまう。
そのため、私は参照枠を、答えを確定させるものではなく、問いを作るものとして扱いたい。
「自分も似た場面で困った。だから、この人も同じ理由だ」ではなく、「自分も似た場面で困った。今回は、その理由が当てはまるだろうか」と考える。
この一言の違いが、経験を活かすことと、経験に縛られることの分かれ目になる。

参照枠を使うための、三つの問い
日常の学びに取り入れるなら、次の三つの問いから始めてみたい。
一つ目は、「これに近い自分の経験は何か」
本や研修で新しい考え方に触れたら、具体的な場面を一つ思い出す。
「自分にもありそう」ではなく、「いつ、どんな状況で、何が起きたか」まで戻ってみる。
二つ目は、「何が共通し、何が違うのか」
単に「似ている」で終わらせない。
登場人物が違っても、同じ仕組みがあるのか。反対に、見た目は似ていても、原因や条件は違うのか。
比較するときには、事実として確認できることと、自分がそう解釈していることも分けておきたい。
三つ目は、「次の場面で、何を試して確かめるか」
例えば、次に誰かへ操作を説明するときは、説明を始める前に、同じ画面を開けているか確認する。
そのうえで、相手がどこまで一人で進められたかを見る。
うまくいけば、使える条件が少し分かる。うまくいかなければ、別の前提を見落としていた可能性を考える。

こうして、経験を思い出し、意味を取り出し、別の場面で試し、結果をもとに修正していく。
参照枠を育てるとは、経験を集めるだけでなく、その経験をどう使い、どう見直すかまで含めて考えることなのだ。
学ぶとは、過去の経験の意味が変わることでもある
新しいことを学ぶというと、頭の中に知識を追加することを想像しやすい。
しかし、参照枠という視点から見ると、別の捉え方もできる。
新しい知識によって、過去の経験の意味が変わる。
ただ嫌だった出来事が、「前提の共有が足りなかった場面」として見えてくる。
うまくいった理由が分からなかった経験について、「相手が迷う場所を先に確認できていたからかもしれない」と考えられるようになる。
そして、捉え直した経験が、次の出来事を理解するための手がかりになる。
知識から経験を見直し、経験から知識を理解する。
私は、この往復を大切にしたい。
何かを読んで「なるほど」と思ったら、もう一つだけ問いを置いてみる。
これって、自分の人生の、どの場面に当てはまるだろう。
その問いから、知識と自分の経験がつながり始める。
参照枠とは、過去の経験で現在を決めつけるためのものではない。過去の経験を手がかりに、現在をよりよく理解するためのよりどころである。

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